先日、新潟いのちの物語をつむぐ会に初参加してきました。そちらでのお話がとても素晴らしかったのでシェアしたいと思います。
あくまでも私が聴いた記憶やメモを見てシェアするものです。フィリピンで長く出産に立ち会ってきた方のお話や、自宅出産を経験された方、助産師さんのお話の中で特に強く印象に残ったことを挙げています。
- 70年前までは自宅で生まれ、自宅で最期を迎えていた
- 今は病院で出産する人がほとんど
- 自宅で亡くなる人は増えてきている。それは自宅で死ぬ選択肢がほしいと声を挙げたから。
- 以前は周産期で妊婦が亡くなる原因の1位は「出血」だったが、今は「自殺」
- 本来お母さんはみんな産む力を持っている
- 病院で産むことは安心安全を最優先にお任せすること
- お母さん主体の出産から、医療者主体の出産になりがち
- 足を開いて産む体勢は、お母さんが安心できる姿ではない
- 自宅出産だと赤ちゃんとお母さんに自然なストレスのないスタイルで産める
- 出産は赤ちゃんが大量のオキシトシン(愛情ホルモン)を出すことで始まる
- 赤ちゃんはお腹にいるときからお母さんが大好き
- 赤ちゃんはお母さんを信じて生まれてくる
- お母さんと赤ちゃん(子ども)は同じエネルギー体
- お母さんの不安に赤ちゃん(子ども)はすぐ気づく
- 主体的に産むことで、自分は産めたと底抜けの自己肯定感ができる
- 生まれてくる力を持っている我が子、育つ力もあると信じることができる
- 産むこと、死ぬことに限らず、生きることは選択できることを知る
このようなお話を聞いての考察です。
正直、自分が長女を出産する時にこの話を聞きたかったです。初めての出産に向け、自分なりに本を読んだり、勉強しているつもりでいました。
でもその理由は、不安を少しでも減らしたかったからです。赤ちゃんに会えることがうれしくて、どんな出産にしたいか、ワクワクして・・・という気持ちではありませんでした。それが我が子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。
赤ちゃんはお腹の中にいるときからお母さんが大好きで、絶対的に信頼している。このことをしっかりと知っていれば「私は母親としてやれているのか」「良い母親になりたい」なんて悩まなくて良かったかもしれないと思うのです。
痛い、怖い、という印象が強く、産んでいる最中もその苦しみにしか目を向けられませんでした。赤ちゃんもがんばっていると言われても、一体感がなく、生まれてきた我が子を抱く手も怖怖で、実感がありませんでした。
痛いよーー怖いよーーーという話ではなく、こんな愛に溢れた出産話を聴けたら、その後の子育ても怒ってばかりにならずに済んだのではないか、と思わずにはいられませんでした。
でも、きっと当時の私がこの話を聴いても、「意識高い系の人の話」と自分事には落とし込めなかったと思います。結局、自分が何に意識を向けているか、どこに向かって扉を開いているかで、入ってくる情報は変わってきてしまうのだと思います。
以前の私は受け入れることができなかったであろう、ありがたい話を、子育て17年目の私はありがたく受け止められました。この17年間で私も成長し、ココロの扉を開くことができるようになったということです。この変化は子育てをしてきたから。子どもたちが私を親にしてくれた。やっぱり子育ては親育てなんだと、子どもたちに感謝の気持ちが湧いてきました。これが今回のお話会で見つけた最高の気付きと学びでした。
私たちは頭で考えることが多すぎます。もっと感性で、本能でどうしたいか。何が好きなのか。全面的に自分の感覚を信用して動いてもいいのではないかと思います。世間の目を気にして、どう思われるかばかり考えて、常識という「みんなやってる」に囚われて、大切なものが見えなくなっていると感じます。
どう生きたいか、どう産みたいか、どう死にたいか。まだこれから続くであろう人生。自分の道は選択できるということを思い出し、目指すところに向かってできる限りの積み重ねをしていきたいと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。

